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『ビリギャル』の成功を真に受けてはならない理由

こんにちは、シドロモド郎です。

先日、1月からTBSで『下剋上受験』というドラマがスタートするというニュースを目にしました。中卒の父親が偏差値41の娘に勉強を教えて、難関中学合格を目指すというドラマで、実話が元になってるそう。

これを見て『ビリギャル』を思い出しました。偏差値30の女子高生が猛勉強して慶應大に合格するという話で、これも実話が元になっています。

努力すれば報われる。両方とも、そんな希望が湧いてくるような話になっています。しかし、努力して勉強すれば難関校に進学できるという論理は、きわめて短絡的であるとともに、危険です。

なぜなら、難関校に進学できるかどうかは、個人の努力よりも、置かれた環境条件によって左右されるものだからです。

これは、文化資本(Cultural capital)という概念で説明することができます。文化資本とは、フランスの社会学ピエール・ブルデューによって提唱された概念で、個人の持つ文化的素養や教養などを指します。文化資本を蓄積した家庭で育った子どもは、幼い頃に接してきた知識・体験と、学校の教科書で学ぶ知識・体験との距離(これを「必要性への距離」と呼びます)が近く、より教科書の内容を吸収しやすい。

一方、文化資本に乏しい子どもが教科書の内容を吸収するためには、「必要性への距離」を克服する必要があります。勉強に取り組む前に、すでに越えなければならない障壁が存在するのです。

ちなみに、『ビリギャル』は成績こそビリですが、実は中高一貫の私立高校に通っていたことが分かっています。一説には名古屋にあるお嬢様学校で、進学校だったと言われています。このことからも、彼女はきちんと成功できるだけの土台を持っていたから成功できたと考えるのが妥当です。

『ビリギャル』だけではありません。東京大学に通う学生の約半数は、年収950万以上の家庭出身です。また、私立中学に通う学生の約半数は、年収1,000万以上の家庭出身です。そして、子どもの学力と親の年収にも正の相関が見られます。

 たちの悪いことに、文化資本は経済資本と同様に世代を超えて継承(再生産)されます。そのため、外部から何らかの手を加えないかぎり、これを止めることはできません。

以上、『ビリギャル』は我々に夢を与えてくれましたが、誰でもその夢をつかむことができるわけではないというのが実際のところです。